はじめに:歯の萌出は「成長の証」
歯の萌出(eruption)とは、歯胚が顎骨内の非機能的な位置から口腔内の機能的な位置へと移動する発育プロセスであり、その中でも歯冠が歯肉を貫いて口腔内に初めて現れる「萌出(emergence)」は、子どもの成長において最も重要なマイルストーンの一つである(Jain & Rathee, StatPearls, 2023)。本記事では、乳歯の萌出・脱落(exfoliation)と永久歯の萌出の順序・時期・影響因子について、岩沢らのデータ(表1・表2)と最新のPubMedエビデンスをもとに包括的に解説する。

1. 歯の萌出の生物学的メカニズム
歯の萌出は、歯胚を囲む**歯嚢(dental follicle)**による骨改造の調節によって駆動される。歯嚢は萌出経路の冠側骨の吸収(破骨細胞活性化)と根尖側骨の添加(骨芽細胞活性化)という非対称な骨改造を制御し、歯が萌出方向へと移動する「通路」を形成する。
Chen らによる浙江大学のレビュー(Mol Med Rep, 2024; PMID: 39027997)は、歯嚢細胞(DFCs)が産生する**PTHrP(副甲状腺ホルモン関連タンパク質)**がPTH1R受容体シグナルを介して破骨細胞分化を調節し、これが障害されると乳歯・永久歯の萌出不全(Primary Failure of Eruption: PFE)が生じることを包括的に示した。また、Wnt/β-カテニン・TGF-β・BMPシグナル経路など複数の分子経路が歯嚢細胞の機能制御に関与することも明らかにされた。
Sun らのグループ(Front Cell Dev Biol, 2024; doi: 10.3389/fcell.2024.1503481)は、歯嚢幹細胞が**細胞外小胞(エクソソーム)**を分泌することで破骨細胞の過剰な分化を抑制し、萌出時期を適切に制御するメカニズム(ANXA1介在性PPARγ-CEBPα経路)を初めて解明した。歯嚢は「歯を動かすエンジン」であり、その分子制御の解明が萌出異常治療の新戦略につながる。
2. 乳歯の萌出:時期・順序と日本のデータ
乳歯は生後6〜8か月頃、下顎乳中切歯の萌出から始まる。標準的な順序は「乳中切歯→乳側切歯→第一乳臼歯→乳犬歯→第二乳臼歯」であり、全20本が2歳3か月(27か月)頃までに萌出するとされる(Jain & Rathee, 2023)。
岩沢らの日本人データ(表1)によれば、乳歯萌出の性差は明確であり、女児が男児より早い傾向が示されている。たとえば下顎乳中切歯の萌出平均年齢は男児6.76か月、女児6.52か月であり、上顎乳犬歯では男児10.26か月、女児9.55か月と約0.7か月の差がある。
この性差は国際的なメタ解析によっても支持されている。Muthu らのシステマティックレビュー・メタ解析(Arch Oral Biol, 2024; PMID: 38128337)は、アジア・欧州・北米・アフリカ・オセアニア・南米42研究・42,109名(0〜83か月)を統合し、北米では下顎乳中切歯が生後6か月で萌出するのに対し、アジアでは13.5か月と地域間で最大7か月以上の差があることを示した。欧州での萌出が最も早く、南米が最も遅い傾向が確認された。また、左側が右側より有意に早く萌出する傾向(p < 0.05)も明らかになっている。
3. 乳歯の脱落:時期・順序と日本人データ
乳歯の脱落(交換)は、永久歯胚による乳歯根の生理的吸収(根吸収)に伴い6歳頃から始まる。岩沢らのデータ(表1)では、脱落の平均年齢として男児の下顎乳中切歯が6.76±0.03歳で最初に脱落し、上顎第二乳臼歯が10.89±0.09歳で最後に脱落することが示されている。女児は全体的に男児より0.2〜0.7歳早く脱落する傾向がある。
表2では脱落順位と永久歯萌出順位の対比が示されており、乳歯の脱落順序と後継永久歯の萌出順序は概ね対応していることが確認できる。下顎において乳中切歯が順位1位で脱落し、下顎中切歯が順位1位で萌出するという整合性は、乳歯と永久歯の継承関係の規則性を示している。一方、上顎乳側切歯(順位4位脱落)に後継する上顎側切歯の萌出は順位4位(男児9.01歳、女児8.46歳)と対応しており、黄色でハイライトされた数値が示すように、萌出が比較的遅いことが特記されている。
4. 永久歯の萌出:順序・時期・性差・地域差
永久歯の萌出は6歳頃の下顎中切歯・第一大臼歯(6歳臼歯)から始まる。最初に萌出する第一大臼歯は、乳歯の後継歯ではなく乳歯列の遠心に新たに萌出する「加生歯」であり、咬合の要として極めて重要な歯である。岩沢らの表2(男児)によれば、下顎第一大臼歯は6.84±0.03歳、上顎第一大臼歯は7.04±0.04歳で萌出し、第二大臼歯は最後の11〜12歳頃に萌出する。
永久歯萌出の地域差・性差を最も包括的に検討したのが、Vandana らのシステマティックレビュー・メタ解析(Am J Hum Biol, 2024; PMID: 38426348)である。939,191名を含む80研究を統合し、女性が男性より有意に早く萌出し、下顎歯が上顎歯より早い傾向をメタ回帰で確認した。下顎第一大臼歯では最早4.09歳での萌出例があり、上顎第二大臼歯では最遅13.45歳と広い範囲の変動があることも示された。
2025年に発表されたジュネーブ・多民族都市集団コホート研究(Ferrazzini et al., Dent J, 2025; PMC12385148)は、854名(413女児・441男児、4〜13歳、最低4年の縦断追跡)を分析し、多民族集団においても性差(女児早期)・顎差(下顎早期)の傾向は維持されることを確認した。同時に民族・地域間での萌出順序の差異が実臨床における診断精度に影響することを指摘し、人種・民族特性を考慮した地域別基準値の必要性を強調している。
また同年のハンガリーの断面研究(Soós et al., Dent J, 2025; PMC12651566)は2,948名・4〜15歳を対象とし、女児が男児より1.9〜8.9か月早く萌出し、第二大臼歯の萌出時期の個人差(5〜95パーセンタイルの幅)が4.8年と最も広いことを示した。この広い個人差が、「まだ生えてこない」という保護者の不安の主な原因となりうることも論じられている。
5. 萌出に影響する因子:遺伝・性・BMI・社会経済的背景
歯の萌出時期には多くの因子が関与する。Vandana らの2025年インド縦断研究(Am J Hum Biol, 2025)は、正常BMI・高社会経済的地位(SES)・女性において早期萌出が有意に認められることを示した。一方、BMIと萌出の関係については研究間で一致しない部分もある。
プレ ターム出生・低出生体重・低栄養・全身疾患(甲状腺機能亢進症・低フォスファターゼ症・鎖骨頭蓋異形成症など)が萌出時期に影響することも多くの研究で示されている(Jain & Rathee, StatPearls, 2023)。特に乳歯の早期喪失は後継永久歯の萌出時期に複雑な影響を与える。乳歯の早期脱落(1年以内)は永久歯の早期萌出を促し、非常に早い時期の早期脱落は逆に後継歯の萌出を遅らせる可能性がある。
6. 乳歯萌出時期と永久歯萌出時期の連関
乳歯の最初の萌出時期が永久歯の最初の萌出時期と相関するかという問いは、長年の研究課題であった。Waisman らによる9年間コホート研究(PMC, 2015; PMC4517309)は、乳歯の最初の萌出時期が早いほど永久歯の最初の萌出時期も早い傾向があること(正の相関)を示したが、その予測精度は限定的であり、「乳歯の萌出時期から永久歯の萌出時期を正確に予測することはできない」とも結論づけている。
まとめ:歯の萌出データが臨床で持つ意味
岩沢らの日本人データと最新の国際エビデンスが一致して示すことは、歯の萌出・脱落は個人差・性差・地域差が大きく、平均値から±2〜3か月の変動は正常範囲内であるという事実である。臨床的に問題とすべきは、同年齢の基準値から大きく逸脱した遅延(2年以上)や、乳歯の異常早期脱落・萌出順序の逸脱(特に上顎犬歯の遅延萌出)である。これらは歯科医師による精査・レントゲン評価・必要に応じた早期介入(過剰歯除去・乳歯抜歯・矯正的誘導)の適応となる。歯の萌出を正確に評価することは、予防歯科・小児歯科・矯正歯科における治療計画の礎である。
参考文献
- Jain P, Rathee M. Anatomy, Head and Neck, Tooth Eruption. StatPearls [Internet]. Updated 2023 Sep 20; PMID: NBK549878
- Chen J, Ying Y, et al. Abnormal dental follicle cells: A crucial determinant in tooth eruption disorders (Review). Mol Med Rep. 2024; PMID: 39027997
- Sun M, Yu Y, et al. Extracellular vesicles derived from dental follicle stem cells regulate tooth eruption by inhibiting osteoclast differentiation. Front Cell Dev Biol. 2024. doi: 10.3389/fcell.2024.1503481
- Muthu MS, Vandana S, et al. Global variations in eruption chronology of primary teeth: A systematic review and meta-analysis. Arch Oral Biol. 2024; PMID: 38128337
- Vandana S, Muthu MS, et al. Global variations in eruption chronology of permanent teeth: A systematic review and meta-analysis. Am J Hum Biol. 2024; PMID: 38426348
- Vandana S, Kandaswamy D, Muthu MS, et al. Sequence and Chronology of Permanent Teeth Eruption in 5–18-Year-Old School Children of Chennai and the Influence of Sex, BMI, and Socio-Economic Status. Am J Hum Biol. 2025. doi: 10.1002/ajhb.24211
- Ferrazzini M, et al. Chronology and Sequence of Permanent Tooth Eruption in a Multi-Ethnic Urban Population. Dent J. 2025; PMC12385148
- Soós B, et al. Reference Values for Permanent-Tooth Emergence in Hungarian Children: A Cross-Sectional Study. Dent J. 2025; PMC12651566
- Waisman E, et al. Does Timing of Eruption in First Primary Tooth Correlate with that of First Permanent Tooth? A 9-year Cohort Study. PMC. 2015; PMC4517309
- Cimilli H, et al. Primary Failure of Eruption: A Rare but Desperate Condition for Orthodontic Treatment. Turk J Orthod. 2025; PMC11976322
※引用論文のPMIDおよび統計数値は情報提供を目的としており、実際の原著と異なる場合があります。医療上のご判断はかかりつけの歯科医師にご相談ください。
監修:髙橋弘樹(歯科医師・歯学博士)
