スポーツ歯科外傷を防ぐ――マウスガードが守る歯・口・脳:最新エビデンスによる包括的解説

はじめに:スポーツ関連歯科外傷は「防げる外傷」である

世界中で数十億人がスポーツに参加している現代において、歯・口腔顔面・顎への外傷(Traumatic Dental Injuries: TDIs)は最も頻度の高いスポーツ関連外傷の一つである。接触スポーツにおける歯科外傷の有病率は0.71〜60%と報告により幅があるが(Fiorentini et al., Dent J, 2024; PMC11505621)、ラグビー・ハンドボール・サッカー・バスケットボール・格闘技では特に高い。重要なのは、これらのスポーツ関連歯科外傷の大部分がマウスガードの適切な使用によって予防できるということである。それにもかかわらず、マウスガードの普及率は多くのスポーツで依然として低水準にとどまっており、知識・意識・規制の不足が主要な障壁となっている。

1. スポーツ関連歯科外傷の実態:種目別リスクと疫学

Fiorentini らによるイタリアのキックボクシング競技者142名を対象とした横断研究(Dent J, 2024; PMC11505621)は、接触スポーツにおける歯科外傷の有病率・応急処置の知識・マウスガード使用実態を調査した。スポーツ歴が長い選手ほど外傷経験率が高く、応急処置(特に脱臼歯の再植)に関する知識は参加者の多くで不十分であることが示された。マウスガードを使用していた選手では重篤な外傷(歯の完全脱臼・破折)の発生が有意に少なかった。

Sogukpinar Önsüren らによるプロハンドボール選手を対象とした研究(BMC Oral Health, 2024; PMID: 38195420)は、頭部・口腔顔面外傷の発生率がプロハンドボールで高いことを確認し、マウスガードが歯の破折・完全脱臼などの重篤な歯科外傷を予防したが、その使用率は依然として限定的であることを報告した。マウスガード非着用を選んだ理由として「違和感」「呼吸・発声への影響」「規則がない」が上位に挙げられた。

クロアチアのサッカーコーチと選手を対象にした前向き研究(Bursać et al., Dent J, 2025; PMID: 40136749)は、歯科外傷に関する教育的介入の効果を検証した。教育介入後に外傷の知識スコアが有意に向上し(p < 0.001)、マウスガード使用の意向も高まった。歯科医師・コーチ・競技団体が連携して選手教育を行うことが、マウスガード普及率向上の最も効果的なアプローチとして示された。

Cao らによるアンブレラレビュー(J Sci Med Sport, 2023; PMID: 37524627)は、マウスガードの歯顔面外傷予防効果と競技パフォーマンスへの影響を包括的に評価した。マウスガード使用が歯顔面外傷リスクを有意に低減し、カスタムメイド型(歯科医院製作型)が既製品(ボイル&バイト型)と比較してより優れた保護と快適性を提供することが確認された。また競技パフォーマンスへの悪影響は、適切に製作されたカスタムメイド型では生じないことも示された。


2. マウスガードの種類と保護効果:カスタムメイドが最高水準

マウスガードには主に3種類がある。①**既製品(ストックタイプ)はドラッグストア等で購入でき最も安価だが、適合性・保護性・装着感が最も劣る。②ボイル&バイトタイプ(口の中で型どりするもの)は入手が容易で比較的安価だが、適合精度はカスタムメイドに劣る。③カスタムメイドスポーツマウスガード(CSM)**は歯科医院で個人の歯型を採って製作する装置であり、適合性・衝撃吸収能・装着感・呼吸への影響の少なさのすべてにおいて最も優れている。

Avgerinos らによるEA4SD(欧州スポーツ歯科アカデミー)コンセンサスポジションステートメント(Dent Traumatol, 2025; PMID: 39578680)は、カスタムメイドスポーツマウスガードが歯顔面外傷の予防において最も有効な手段であることを確認し、「アマチュア・プロ・セミプロを問わず、すべてのアスリートにカスタムメイド型の着用を推奨・義務化すべきである」と結論した。しかし現状ではマウスガードの設計・製作・使用に関する国際的な統一基準が存在しないことが課題として指摘されており、IADT(国際歯科外傷学会)・ASD(スポーツ歯科アカデミー)ガイドラインとの整合が求められている。

IADT・ASDによる最新の「歯科外傷予防のためのガイドライン・パート3:マウスガード」(Abbott et al., Dent Traumatol, 2024)は、マウスガードの適応スポーツの列挙・理想的な製作基準・材料の厚さ(臼歯部で最低3mm、切縁部で2mm以上のEVA)・フィットの要件を国際標準として示した。「マウスガードを着用することで、歯科外傷のリスクを有意に低減できる」というエビデンスは十分に確立されており、推奨スポーツ(サッカー・ラグビー・バスケットボール・野球・ボクシング・格闘技・体操・スキー等)への着用を歯科医師が積極的に推奨することが求められる。


3. 脳震盪予防への新たな期待:センサー内蔵型マウスガードの登場

マウスガードの役割は歯の保護にとどまらない。近年、脳震盪(コンカッション)の予防・検出・管理におけるマウスガードの役割が急速に注目されている。

Arfi らによるレビュー(Br Dent J, 2025; PMID: 41760759)は、センサー内蔵型マウスガード(instrumented mouthguard: iMG)が頭部への衝撃(頭部加速度イベント)をリアルタイムで計測し、脳震盪リスクの評価・早期検出・競技復帰判断の支援に活用できることを論じた。World Rugbyは2024年にエリートレベルの競技でiMGの使用を義務化しており、スポーツ安全基準における歴史的な転換点として評価されている。iMGは歯の保護機能を持ちながら同時に選手の安全を守るバイオメカニカルモニタリングデバイスとして、スポーツ歯科・スポーツ医学・バイオメカニクスの学際的融合を体現している。

Perrone らのレビュー(J Orthop Study Sports Med, 2024)は、カスタムメイドマウスガードが顎から頭蓋骨へ伝わる衝撃力を分散・吸収し、下顎骨・頭蓋底・脳への力学的ストレスを減弱させる機序を解説した。脳震盪との関連については研究間でエビデンスの一致度に差異があるが、カスタムメイド型マウスガードが既製品より高い衝撃吸収能を持つことはin vitro研究(Arfi et al., Dent Traumatol, 2024)で一貫して示されている。


4. マウスガードの材料・製作技術の進化:デジタル化の最前線

マウスガードの製作にもデジタル技術が急速に導入されている。従来のEVA(エチレン酢酸ビニル)熱圧成型法に加え、CAD-CAMミリング法・3Dプリンティング法によるマウスガード製作が臨床研究段階に入っている。

Gutierrez らのレビュー(J Calif Dent Assoc, 2023)は、マウスガードの材料・製作技術・衝撃吸収性の研究動向を整理し、EVAの厚さ・硬度・積層構造の違いが衝撃吸収能に影響することを示した。唇側(前歯側)の厚さを増すほど、また硬質インサートや気泡層を組み込むほど衝撃吸収能が向上する(Arfi et al., Dent Traumatol, 2024)ことが確認されており、症例別の最適設計の重要性が示されている。

3Dプリント製カスタムマウスガードは、適合精度・再現性・製作時間の短縮においてEVA熱圧成型と同等以上の特性を示す可能性があるが、長期耐久性・口腔内安全性の臨床的エビデンスはまだ蓄積段階にある。デジタルワークフローとの親和性が高く、今後の急速な普及が期待される。


5. マウスガード普及のための課題:規制・教育・歯科医師の役割

スポーツ関連歯科外傷の予防において最大の障壁は、マウスガードの使用を義務化する規制の不備と選手・保護者・コーチの知識不足である。Bursać らの介入研究(2025)が示すように、正しい情報を提供する教育的介入は知識・意識・行動変容を短期間で有意に改善させる。

歯科医師・歯科衛生士はスポーツ歯科外傷予防において中心的な役割を担うべき立場にある。具体的な行動としては、①すべてのスポーツ参加患者(特に小児・青少年)へのマウスガード装着の積極的な推奨、②カスタムメイドマウスガードの製作・定期的なフィット確認・成長に合わせた更新(特に小児では年1回以上)、③歯科外傷が発生した際の応急処置指導(脱臼歯の保存・再植の重要性)が挙げられる。


まとめ

スポーツ関連歯科外傷は「予防できる外傷」である。カスタムメイドマウスガードは歯・歯肉・顎・顔面軟組織を広範に保護し、適切に使用した場合には競技パフォーマンスを損なわない。さらにセンサー内蔵型マウスガードの登場により、脳震盪管理という新たな役割も加わった。歯科医師・競技団体・コーチ・保護者が連携し、スポーツに参加するすべての人にマウスガードの重要性を伝え、その着用を文化として根付かせることが、現代スポーツ歯科医学の最重要課題である。


参考文献

  1. Fiorentini G, et al. Traumatic Dental Injuries: Prevalence, First Aid, and Mouthguard Use in a Sample of Italian Kickboxing Athletes. Dent J (Basel). 2024; PMC11505621
  2. Soğukpınar Önsüren A, Eroğlu H, Aksoy C. Prevalence of dental trauma and use of mouthguards in professional handball players. BMC Oral Health. 2024; PMID: 38195420
  3. Bursać D, et al. Awareness of Traumatic Dental Injuries and Impact of Educational Intervention Among Croatian Soccer Coaches and Players. Dent J (Basel). 2025; PMID: 40136749
  4. Cao R, et al. Impact of mouthguards on the prevention of dentofacial injuries and sports performance among athletes: An umbrella review. J Sci Med Sport. 2023; PMID: 37524627
  5. Avgerinos S, et al. Position Statement and Recommendations for Custom-Made Sport Mouthguards. Dent Traumatol. 2025; PMID: 39578680
  6. Abbott PV, Tewari N, O’Connell AC, et al. IADT and ASD Guidelines for Prevention of Traumatic Dental Injuries: Part 3: Mouthguards for the prevention of dental and oral trauma. Dent Traumatol. 2024. doi: 10.1111/edt.12925
  7. Arfi Y, et al. Beyond protection: the growing role of instrumented mouthguards in sports. Br Dent J. 2025; PMID: 41760759
  8. Perrone M. Protecting Athletes: Mouthguards and Concussions. J Orthop Study Sports Med. 2024;2(1):1–5
  9. Gutierrez XJ. Sports Dentistry: Mouthguard Research No Longer Limited to Trauma Prevention. J Calif Dent Assoc. 2023;51(1). doi: 10.1080/19424396.2023.2176581
  10. Arfi Y, et al. Comparison of shock absorption capacities of three types of mouthguards: a comparative in vitro study. Dent Traumatol. 2024;40:702–711

※引用論文のPMIDおよび統計数値は情報提供を目的としており、実際の原著と異なる場合があります。医療上のご判断はかかりつけの歯科医師にご相談ください。

監修:髙橋弘樹(歯科医師・歯学博士)

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