顎関節症とは:定義と疫学
顎関節症(Temporomandibular Disorders: TMD)は、咀嚼筋・顎関節・周囲組織の疼痛と機能障害を包括する多因子性の筋骨格系疾患群である。非歯原性口腔顔面痛の中で最も頻度が高く、頭頸部の疼痛・開口障害・顎関節雑音を主症状とする。

2025年に発表されたシステマティックレビュー・メタ解析(Alqutaibi et al., J Oral Facial Pain Headache, 2025; PMID: 41070533)は、27研究・20,971名を解析し、TMDの世界有病率を推定した。最も多い症候は筋痛(37.2%)、関節雑音(29.8%)、関節痛(16.8%)の順であり、開口制限・ロッキングは8.1%と最も少なかった。有病率は地域差があり、欧州(33.8%)が最も高く、北米(19.4%)が最も低かった。また同年のレビュー(J Clin Med, 2025)は、現在の有病率約34%が2050年までに44%に達する可能性を指摘し、「サイレントエピデミック」として公衆衛生上の緊急性を訴えている。
【用語解説:メタ解析】 メタ解析(Meta-analysis)とは、複数の独立した研究の結果を統計的に統合し、より大きなサンプルサイズに基づく精度の高い結論を導く手法である。個々の研究では結果がばらつくことが多い顎関節症領域において、エビデンスの全体像を把握するうえで不可欠な方法論とされる。
病因と診断:バイオサイコソーシャルモデルとDC/TMD
TMDの病態は、末梢・中枢の感作、心理社会的要因、ブラキシズム(歯ぎしり・食いしばり)、外傷、解剖学的因子が複合したバイオサイコソーシャルモデルで理解される。単一の病因では説明しきれない点が、治療の複雑さに直結する。
【用語解説:バイオサイコソーシャルモデル(生物心理社会モデル)】 バイオサイコソーシャルモデル(Biopsychosocial Model)とは、疾患の発症・維持・回復を「生物学的(Bio)」「心理学的(Psycho)」「社会的(Social)」の3つの次元の相互作用によって捉える疾患モデルである。1977年にEngelが提唱し、慢性疼痛領域で広く採用されている。
TMDに当てはめると、以下のように理解できる。
- 生物学的要因(Bio):顎関節の解剖学的形態、咬合不正、炎症・組織損傷、三叉神経系の中枢感作(痛みの閾値低下)、ブラキシズムによる咀嚼筋の過負荷など。
- 心理学的要因(Psycho):ストレス・不安・抑うつ・破局的思考(痛みを必要以上に深刻に捉える認知の歪み)。これらは痛みの増幅・慢性化に直接関与し、DC/TMD Axis IIで評価される。
- 社会的要因(Social):職場環境・家族関係・経済的ストレス・医療へのアクセスなど、患者を取り巻く環境。社会的孤立や過重労働が痛みの維持因子となることが示されている。
従来の「生物医学モデル」では「歯並びが悪いから顎関節症になる」「関節に異常があるから痛い」という単純な因果関係で捉えられがちだった。しかしバイオサイコソーシャルモデルは、同じ解剖学的異常があっても痛みを訴える人と訴えない人がいる理由、あるいは構造的問題が解消されても痛みが続く理由を説明できる。このモデルに基づくことで、スプリントだけでなく認知行動療法・ストレスマネジメントを組み合わせた包括的治療の必要性が理解できる。
現在の国際標準診断プロトコルは「顎関節症の診断基準(DC/TMD)」である。
【用語解説:DC/TMD(Diagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders)】 DC/TMDは、国際RDC/TMDコンソーシアムネットワークが策定した、顎関節症の診断に用いる国際標準プロトコル(Schiffman et al., J Oral Facial Pain Headache, 2014)。2つの評価軸で構成される。
- Axis I(身体的診断):関節痛(関節炎)・筋痛(筋膜痛・局所筋痛)・円板変位(整位性・非整位性)・変性関節疾患・亜脱臼など12のサブタイプを臨床検査・画像所見に基づき分類する。
- Axis II(心理社会的評価):疼痛による生活障害の程度・抑うつ・不安・口腔顔面の機能制限をスクリーニングし、治療予後や心理的介入の必要性を判断する。
Axis IとAxis IIを統合することで、「なぜその患者にTMDが生じているか」「どの治療が最も効果的か」を個別化して判断できる点が、DC/TMDの最大の強みである。
Minerviniら(BMC Oral Health, 2024; PMID: 38431574)のメタ解析は、DC/TMDが診断精度・サブタイプ分類・心理社会的評価において信頼性・妥当性の高い臨床・研究ツールであることを確認した。DC/TMDによる正確な診断が適切な治療計画の基盤であることは、Garstkaら(Pain Res Manag, 2023; PMID: 36760766)の包括的文献レビューでも強調されており、CBCT画像評価との組み合わせが推奨されている。
スプリント療法の種類と作用機序
スプリント(咬合装置)療法は、TMDに対する代表的な非侵襲的・可逆的治療法である。主要な種類には以下がある。
**スタビライゼーションスプリント(安定化装置)**は、筋・関節型TMDの標準的装置であり、全歯との均等接触・相互保護咬合を付与し、咀嚼筋の過緊張を軽減する。前方再位装置は、円板前方転位に対し下顎を前方位に保持し、関節円板と顆頭の位置関係を改善する目的で用いられる。ソフトスプリントは簡便性が高いが、長期効果のエビデンスは限定的とされる。 Albagiehら(Cureus, 2025; doi: 10.7759/cureus.77451)の包括的レビューは、スプリントが咀嚼筋の弛緩・関節への外傷防止・歯の摩耗軽減に有効であることを示すとともに、デジタルワークフローによる3Dプリント製スプリントが従来法と同等以上の適合精度・耐摩耗性を示す可能性を指摘した。
スプリント療法の有効性:最新RCTとメタ解析
【用語解説:RCT(Randomized Controlled Trial:ランダム化比較試験)】 RCTは、参加者を無作為(ランダム)に複数の群に割り付け、介入の効果を比較する臨床試験デザインである。選択バイアスを最小化できるため、「治療が効くかどうか」を評価する臨床研究のゴールドスタンダード(最高水準)とされる。顎関節症のようにプラセボ効果が生じやすい疾患では、RCTによるエビデンスが特に重要視される。メタ解析は複数のRCTを統合することで、さらに信頼度の高い結論を導く。
Zhangら(Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol, 2025; doi: 10.1016/j.oooo.2024.11.089)のRCT18件・メタ解析は、咬合スプリントが他の保存的治療法(薬物療法・理学療法・カウンセリング)と比べ疼痛管理・開口量改善において統計的に優れない(疼痛SMD 0.03、p=0.74)としつつも、関節雑音(クリック)の発生率を有意に低下させ(OR 0.39、p=0.0006)、カウンセリング単独と比べ疼痛改善・開口量改善で有意に優れることを示した。
【補足:統計指標の読み方】
- SMD(標準化平均差):2群間の平均値の差を標準偏差で割った値。0に近いほど差がなく、|0.2|≒小、|0.5|≒中、|0.8|≒大の効果量の目安とされる。
- OR(オッズ比):ある事象の起きやすさの比。OR<1は対照群より発生が少ないことを示す。OR 0.39はクリックの発生がスプリント群で約61%低かったことを意味する。
- p値:偶然この結果が出る確率。p<0.05で統計的に有意(偶然ではない差が存在する)とみなすのが一般的。
筋膜性疼痛(MPS)に対するRCTとして、Salloumら(Clin Exp Dent Res, 2024; PMID: 38923288)は80名を対象に超音波療法・スタビライゼーションスプリント・TheraBiteデバイス・咀嚼筋運動の4群を比較した。スプリント群は4週時点で疼痛が重度から軽度へ改善し、5ヵ月後には全群で同等の効果が確認されたが、スプリントと超音波療法は早期の疼痛軽減において筋運動群より有意に優れた(p=0.013)。
臨床介入研究(Hoang et al., J Craniofac Surg, 2025; PMID: 40664370)では、T-scanシステムを活用して咬合力分布を精密調整したスプリントにより、治療1ヵ月・3ヵ月時点でVAS疼痛スコアおよび最大快適開口量が有意に改善した。デジタル支援によるスプリント調整の有用性が示されている。
【補足:VAS(Visual Analogue Scale)とは】 VASは疼痛の主観的強度を0〜100mmの直線上に患者自身がマークして数値化する評価ツール。0=痛みなし、100=想像しうる最大の痛み。TMD研究では最も広く用いられる疼痛評価指標である。
顎関節症治療における多角的アプローチ
2024年コクランレビュー(Singh et al., Cochrane Database Syst Rev, 2024; PMID: 39282765)は、咬合介入単独の有効性を支持する高質なエビデンスは依然として不足しており、スプリントは他の保存的治療と組み合わせた多角的治療の一部として位置づけるべきとした。
【補足:コクランレビューとは】 コクランレビュー(Cochrane Systematic Review)は、コクラン共同計画が実施する世界最高水準のシステマティックレビューである。厳格な方法論(PRISMA基準・RoB評価)に基づいて既存のRCTを統合・評価し、臨床ガイドライン策定の根拠となる。医学・歯科医学分野における「エビデンスのエビデンス」と位置づけられる。
現在の国際的コンセンサスは、①自己管理指導(パラファンクション習癖の是正・温熱療法)、②行動療法・認知行動療法、③理学療法(顎関節・頸椎の運動療法)、④スプリント療法、⑤薬物療法(NSAIDs・筋弛緩薬・低用量三環系抗うつ薬)を組み合わせた段階的・個別化された保存的治療を第一選択とし、外科的介入は最終手段と位置づける。
まとめ
顎関節症はその多因子性・慢性疼痛としての性質から、単一治療で完結する疾患ではない。スプリント療法は特に筋膜性疼痛・関節雑音に対して有効な非侵襲的選択肢であるが、DC/TMDに基づく正確な診断・心理社会的評価、そして多職種連携による包括的アプローチの中で実施されることで最大の治療効果が期待できる。RCTやメタ解析による科学的根拠を踏まえた治療選択が、患者の長期的なQOL向上につながる。
参考文献
- Alqutaibi AY, et al. Global prevalence of temporomandibular disorders: a systematic review and meta-analysis. J Oral Facial Pain Headache. 2025; PMID: 41070533
- Minervini G, et al. Accuracy of temporomandibular disorders diagnosis evaluated through DC/TMD: a systematic review and meta-analysis. BMC Oral Health. 2024; PMID: 38431574
- Garstka AA, et al. Accurate Diagnosis and Treatment of Painful Temporomandibular Disorders: A Literature Review. Pain Res Manag. 2023; PMID: 36760766
- Albagieh H, et al. Effectiveness of Occlusal Splints in the Management of TMDs: Digital vs Conventional. Cureus. 2025. doi: 10.7759/cureus.77451
- Zhang Y, et al. The efficacy of treatments for TMDs with occlusal splints versus other conservative therapies: a meta-analysis of RCTs. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol. 2025. doi: 10.1016/j.oooo.2024.11.089
- Salloum K, et al. Effectiveness of Ultrasound Therapy, TheraBite Device, Masticatory Muscle Exercises, and Stabilization Splint for MPS: An RCT. Clin Exp Dent Res. 2024; PMID: 38923288
- Hoang Kim Loan, et al. Treatment Outcomes of TMDs Using Stabilization Splint Supported by the T-scan System. J Craniofac Surg. 2025; PMID: 40664370
- Singh BP, et al. Occlusal interventions for managing temporomandibular disorders. Cochrane Database Syst Rev. 2024; PMID: 39282765
監修:髙橋弘樹(歯科医師・歯学博士)
