Ⅱ)上顎印象
ⅰ)上唇小帯部、ⅱ)頬側前庭部、ⅲ)義歯床後縁部
における、義歯床縁の機能的な形態の付与。
ⅰ)上唇小帯部
下唇と同様に上唇小帯という一条のヒダが正中に存在します。このヒダは一本ですが、小帯のうちでもっとも発育がよく、かつ歯槽縁に近くに位置します。すなわち、歯肉と歯槽粘膜の境で顎骨より起こり、扇状に広がり口唇に達しています。
義歯があたると非常に痛がるところなので、この小帯部は必ずさけなければいけません。
しかし、辺縁形成の時小帯を側方へ引っ張りすぎると、V字状の切痕の幅が広くなりすぎて、辺縁封鎖が弱くなってしまうので注意が必要です。
ⅱ)頬側前庭部
犬歯より第一小臼歯部までの間で、1~3条の結合組織の紐が緊張しています。この紐は、歯槽粘膜、または歯槽粘膜と歯齦の間で顎骨より起こり、口角外方の口筋集合部である結節に達し、口角の位置を固定しているため、口角部の運動に伴い移動します。
このことから上顎床臼歯部の義歯床上縁は、小帯の運動を避けて下方に弯曲することになります。
また、上顎第三大臼歯部では、二つの異なる頬筋付着部の間のbuccal spaceと称する間隙があり、床縁はこの部分で最も上方にのばすことができます。
しかし、下顎側方運動時の下顎骨筋突起の動き、および閉口運動時の側頭筋の収縮(付着部筋束のふくらみ)による頬筋圧迫があるため、頬側遠心端は上方にのばせても厚くはできません。
頬小帯後方の口腔前庭部は、ときにかなり幅広くなることがありますが、この部分の頬側への十分なふくらみが、辺縁封鎖に役立ち、さらに適正な人工歯配列および義歯研磨面形態の付与につながります。
ⅲ)義歯床後縁部
上顎義歯床後縁は左右の歯槽突起部後端を結び、口蓋小窩を僅かに覆い前方に軽度な弯曲をつくることになります。口蓋の前方2/3の部分は指で触れてみると硬く動かないのに対し、後ろ1/3は軟らかくよく動きます。これは、前方2/3の部分は基底が骨質であるのに対し、後ろ1/3は基底が筋肉でその上を口蓋腺と口腔粘膜が覆っているからです。
骨口蓋後縁は、上顎骨体後面と蝶形骨翼状突起の下部(口蓋骨の錐体突起)が癒合した部より正中に向かい前方に凸の弯曲をつくり、正中で左右が癒合し、後方へ突出する後鼻棘をつくります。骨口蓋後縁は左右歯槽突起の後端の結合線付近にあります。一般に後鼻棘は結合線より少し後方にあることが多く、さらに結合線に沿って口蓋を側方に引っ張り緊張させる口蓋帆張筋の腱膜が付着し、後鼻棘には口蓋垂を短縮させる口蓋垂筋が付着しています。これらを避けて義歯後縁の設定をするため、後縁は左右の歯槽突起提部後端を結び、かつ前方に凸弯を画くようになります。
臨床でこの後縁を定める方法として、軟口蓋の運動をさせて、可動部と非可動部の境であるAh-lineを設定します(実際は線ではなく幅のあるエリア)。この線は硬口蓋と軟口蓋の境にほぼ一致するものと、それより数mm後方の軟口蓋上に位置することがあります。軟口蓋上に位置するといってもこの部分では口蓋帆張筋の腱膜が付着しており、かつこの上を覆う口蓋腺も厚いため、この部分での軟口蓋はほとんど動きません。したがって、硬口蓋の数mm後方に義歯床後縁を設定しても、義歯の安定を損なうことは無いと思われます。
一方、口蓋の正中線の両側で、左右歯槽突起後端を結ぶ線の少し前方に、粘液腺の開口部である口蓋小窩という左右一対のくぼみがあります(半数はみられない)。
口蓋小窩の位置は後縁と一致するか、少し前方にあるのが普通なので、口蓋小窩を僅かに覆うようにするというのも、後縁を決定する上で重要な基準となります。
ポストダムは場所によって0.5~1.5mmの深さに形成します。後縁より前方1/3の位置で最も深くなるようにするとよいでしょう。
アーライン(Ah-line):口蓋の可動部と不動部との境界線。“アー(Ah)”と発音すると、口蓋帆張筋に続き口蓋帆挙筋が収縮するために軟口蓋は挙上する。発音を中止すると、これらは元に戻るが、アーラインはこの運動時における可動部の最前方を示していることから、上顎の義歯床後縁を設定するための基準として利用される。
ポストダム:上顎の義歯床口蓋後縁に辺縁封鎖を確実にするために設けられる堤状の突起。ポストダム形成には、機能印象時に該当部位を加圧形成する方法と、作業用模型の同部位を削除修正する方法とがある。
③:咬合採得(顎間関係の記録、咬み合わせ)
咬合採得:補綴装置の製作や咬合診断において、上下の歯列模型、あるいは顎堤模型をそれぞれの目的に応じた顎位で咬合器に装着するために、種々の材料や機器を用いて上下顎の顎間関係を記録すること。
咬合高径の決定について
咬合高径:咬合採得や咬合位の評価などに関連して、歯や顔面に設定される種々の計測点間距離で表した、中心口語委での上下顎間の垂直的距離。
義歯の咬み合わせは高すぎても、低すぎても問題が起こります。しかし、咬合高径は術者によっても値が異なりますし、また患者さんの許容範囲も広いため、機能する義歯の咬合高径はゾーンと考えた方がよいでしょう。
咬合高径の決定は、患者さんがリラックスした状態で、正面、側方からみて顔貌の形態的な調和を目安にして決定していきます。また、適正な咬合高径であると思われる位置より、わずかに数mm低くした方が、咬みやすい義歯となる印象があります。
④:人工歯排列
人工歯排列:義歯製作過程において、人工歯を咬合床に並べること。前歯部では、患者の性別・顔形・性格・年齢などに調和した外観と発音機能を考慮し、臼歯部では、義歯の維持・安定と咀嚼機能を考慮して排列する。上顎から排列する方法(上顎法)と下顎から排列する方法(下顎法)とがある。
人工歯排列の基本は、天然歯が元にあった位置に人工歯を並べるということです。排列するにあたって、様々な基準や法則がありますが、自分が気を付けている点は二つあります。
一つ目は、前歯部は審美性を考慮した人工歯排列を行うということです。このことは発音にも関係してきます。
しかし、天然歯が元にあった位置に配列することを意識しすぎると、かえって不自然になることがあるので、やや控えめに後方に配列することが多いです。
二つ目は、舌の動きを邪魔しないように配列をするということです。義歯の安定や、歯槽頂間線の法則を意識しすぎて、人工歯の配列が舌側寄りとなってしまうと、舌房が狭くなり、頬側および舌側からの筋圧のバランスが崩れ、発音、咀嚼、辺縁封鎖、審美性などに悪影響を及ぼします。しっかりと舌房を確保することによって、装着感の良い義歯となります。
歯槽頂間線の法則:中心咬合位で相対する上下顎歯槽頂を上下方向に結んだ直線で、臼歯部顎堤の前頭面内における対向関係を表示する線。通常、無歯顎補綴における人工歯排列において、義歯の維持・安定を確保するための頬舌的排列位置を決定するために用いられる。具体的には、人工歯の上顎第一大臼歯の舌側咬頭内斜面および下顎第一大臼歯の頬側咬頭内斜面の頬舌的中点がこの線に一致するように配列する。それによって片側性咬合平衡が確保される。
⑤:義歯研磨面の形態付与
義歯の研磨面形態は、印象採得、人工歯排列が適切に行われていないと、適正な形態を付与することはできません。この形態の良否が、義歯の維持・安定・機能性に大きな影響を与えます。研磨面に適正な形態が付与され、これが周囲の筋肉の働きと調和していれば、非常に使いやすい、機能的な義歯にすることができます。