成長発育期の歯科医療

⑤歯の萌出と咬合

ⅰ)歯の萌出について

 歯の萌出とは、顎骨内部で発育成長中の歯が一定の時期に達して口腔内に現れることをいいます。歯胚は初めやわらかい組織ですが、漸時石灰化し歯冠の大部分が形成され歯根も一部形成された段階で、歯冠の先端が口腔内の粘膜を破壊して歯肉のうえに現れるのが萌出の始まりです。
 一般に歯の萌出運動は広く解釈すると歯根が全部形成するまでの歯の動きをいいますが、歯は歯根形成が完了する前に萌出するので、歯根が完成し根尖までできるのは、萌出後およそ1~2年後です。歯の萌出は上下顎の歯が口腔内で互いに咬合関係をもつようになると一応完了したものとみなされますが、その萌出速度が弱まるだけで、咬耗による歯冠長の減少を補うため一生涯歯の萌出運動は続きます。  
 歯の萌出時期については、乳歯と永久歯の平均萌出時期は個体差があり、差は永久歯のほうが乳歯より、またあとから萌出する歯種ほど大きくなります。性差は乳歯より永久歯のほうに顕著で女性のほうが早いです。
 萌出が異常に早い場合を早期萌出といい、異常に遅い場合を萌出遅延といいます。前者の例には、出生時までに、あるいは生後4週以内の新生児期に萌出する先天性歯(新生児歯)があります。後者の例には、上顎永久中切歯や永久犬歯の埋伏による萌出遅延があげられます。

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 萌出順序について、乳歯は中切歯、側切歯、第一乳臼歯、犬歯、第二乳臼歯の順で、中切歯、第二乳臼歯では下顎歯が上顎歯に先行します。すなわち切歯では、下顎中切歯、上顎中切歯、上顎側切歯、下顎側切歯の順で萌出します。
 永久歯の萌出順序の個体差は乳歯のそれよりはるかに大きいです。
 上顎では、1:第一大臼歯、2:中切歯、3:側切歯、4:第一小臼歯、5:犬歯、6:第二小臼歯、7:第二大臼歯、
 下顎の場合では、1:第一大臼歯、2:中切歯、3:側切歯、4:犬歯、5:第一小臼歯、6:第二小臼歯、7:第二大臼歯の順に萌出します。
 先行乳歯の状態や固体の健康状態にも左右され、一応基準として考える必要があります。特に犬歯、第一小臼歯、第二小臼歯間では著しい変異がみとめられ、第一大臼歯もつねに中切歯に先行して萌出するとは限りません。

ⅱ)乳歯の萌出期

 乳歯は出生前に相当程度完成しています。出生時には形成途中であるため、乳歯には新産線が現れます。乳歯の萌出は下顎中切歯から開始します。その順序は一定ではありませんが、下顎中切歯、上顎中切歯、上顎側切歯、下顎側切歯、上顎第一乳臼歯、下顎第一乳臼歯、下顎犬歯、上顎犬歯、下顎第二乳臼歯、上顎第二乳臼歯の順で萌出します。±2~3ヶ月くらいの偏差はありますが、普通2歳くらいで乳歯列は完成します。

ⅲ)乳歯萌出の異常

・乳歯早期萌出
 ここでいう早期萌出はごく早期に萌出した場合で、出生時または出生すぐに萌出したような場合には先天性歯と呼ばれています。出生時にすでに萌出しているものを出産歯といい、生後1ヶ月以内に萌出するものは新生歯といわれています。
 先天性歯の場合、授乳期に舌裏面を刺激し潰瘍をつくり授乳困難となることがあります(リガフェーデ症)。ほとんどは下顎切歯に出現しますが、稀に犬歯や上顎切歯にみられることがあります。

・萌出遅延
 一般に萌出遅延といわれるものは、乳歯の萌出期より、相当遅れて遅出するもので、平均より2S.Dくらいの遅延のある場合萌出遅延とみてよいと思われます。また萌出順序の乱れもよくみられ、部分的な歯のみが大きく萌出の遅れをみることもあります。全身的な発育異常や疾患によって萌出遅延が起こる場合も多いです。特に内分泌障害、先天性異常、遺伝的な体質異常や歯肉の異常などが原因となることがあります。

・低位乳歯
 かつて咬合を営んでいた乳歯が、なんらかの機転により現在の咬合線より低位を占めているものをとくに低位乳歯といいます。発現頻度は日本人で1.3%、発現部位は上顎より下顎に多く、そのほとんどが臼歯部であり、前歯部に出現することは稀です。1口腔内に1歯のみの低位乳歯をもつ症例が半数またはそれ以上みられますが、複数歯に及ぶ症例では同顎内の左右の組み合わせが多いという特徴があります。
 低位乳歯の本態は歯根と歯槽骨の癒着(アンキローシス)と隣在歯の萌出とによる相対的な低位との説が有力視されています。乳歯がアンキローシスを起こす原因あるいは誘因にはさまざまな説があります。すなわち、外傷などによる強い打撃によるショックのほか局所的代謝障害、後方歯の近心傾斜、後継歯の欠如、歯根膜の形成不足などの局所的因子から、全身的または遺伝的因子にいたるまでさまざまな仮説があげられていますが、決定的な説はなく、いまだに不明です。
 低位乳歯の影響としては、永久歯列の不正や後続永久歯の歯根形態異常の発現などが報告されています。処置としては、時期、状態、程度などに応じて観察、修復、抜去、保隙および脱臼(アンキローシスの解除)などが一般的です。

ⅳ)歯根安定期

 乳歯の歯根が完成(乳歯の歯根の形成は、生後1ヶ月半ないし11か月ごろから開始され、1歳半から3歳ごろに歯根が完成する)し、歯根の吸収が開始されるまでの時期を歯根安定期といいます。
 乳歯の抜髄処置や感染根管処置などを歯根の形成期や歯根の吸収期に行うと、歯根の形成を傷害したり、後続永久歯の形成障害を起こしたりするので、乳歯歯根の安定期に行うことが望ましいです。

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ⅴ)乳歯の歯根吸収

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 歯根のセメント質および象牙質には骨組織にみられるような改造機転が起こらないので、生理的歯根吸収は歯の交換期における乳歯を除いては起こりません。乳歯の歯根吸収は偶発的に起こるのではなく、それぞれの歯について定まった時期に始まり、特有のパターンで進行し、ついには脱落します。
 乳歯歯根の完成期から吸収開始期までを乳歯歯根の安定期といいます。吸収現象は脱落まで同じ速度で進行するのではなく、活動期と休止期とがあります。

 また、異常吸収として、(1)乳歯の根尖性歯周炎により早期異常吸収や、吸収不全による歯根露出が生じます。(2)後続永久歯の先天性欠如、先行乳歯歯根から離れた位置での発育、また永久歯歯胚の歯牙腫のような病理的変化による萌出力の喪失、これらにより乳歯歯根吸収が出現せず乳歯は晩期残存となることがあります。(3)慢性の咬合性外傷、強い外傷、埋伏歯や嚢胞による圧迫、再植などにより吸収が生じることがあります。

ⅵ)乳歯脱落と永久歯萌出

 乳歯が永久歯と交換する場合、乳歯の根を吸収し萌出してきます。この乳歯の吸収についても多くのかたちがあり、正常な根の吸収機構もあまり明確にされていません。
 乳歯臼歯部や上顎前歯部、下顎前歯部などでは吸収の様相を異にしているのも、咬合形成上の生理的な機序に基づくもので、下顎前歯のエスカレート式の交換があることは、正しい永久前歯の被蓋関係を作るためには理想的なものであると思われます。
 乳歯と永久歯の交換の様式にも部位別、歯種別に特徴がありますが、交換の順序もまた個体差などがあります。

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 乳歯と永久歯の交換順序については、乳歯の脱落期と永久歯の萌出期は各歯種とも当時であるべきですが、現代人の場合乳歯と永久歯との交換に若干の間隔があります。中切歯で0.57年、長いもので犬歯が1.05年もの間隔が見られます。
 永久歯の萌出の順序も、上顎と下顎で異なっているのも、自然の咬合調整のための生理的機序からなっていることと思われます。
 永久歯の萌出順序は上顎では6→1→2→4→3→5、または6→1→2→4→5→3の順が最も多くみられますが、下顎ではほとんどが、6→1→2→3→4→5の順です。