入れ歯・義歯

入れ歯 高橋ひろし歯科医院

装着感がよく、機能的な義歯(ニュートラルゾーンを考慮したデンチャースペース義歯)をつくるため、術前診査をしっかりおこない、臨床手順、手技において様々な工夫(筋形成、フレンジテクニック)をして治療を進めていきます。

ニュートラルゾーン:無歯顎の口腔内において、口腔の諸機能時に頬、唇による内方への圧と舌による外方への圧とによって全部床義歯に加わる荷重が均衡化されると想定される領域。

デンチャースペース:天然歯の喪失によって口腔内に生じた上下顎の顎堤間の空間。上部は上顎顎堤、硬口蓋、軟口蓋、下部は下顎顎堤、口腔底、内部は舌、外側部は口唇および頬部の筋によって取り囲まれる。

筋形成(筋圧形成、辺縁形成):有床義歯において機能時の頬・口唇・舌の動きに調和した義歯床縁形態を得るために、それらの動的な状態をモデリングコンパウンドなどを用いて記録する印象操作。

フレンジテクニック:LottとLevin(1969)により提唱され、義歯の維持・安定を得るため、義歯床翼部(フレンジ)の形態を周囲筋の生理的な運動により形成印象し、人工歯列弓と義歯床研磨面の形態を決定する方法。

①:診査

 使用中の義歯の具合をはじめ、印象(型取り)する範囲、顎関節の状態、顔貌などを診査します。また、口腔内の状態は見るだけではなく、手指で触って、顎堤粘膜の薄くなっているところなどを精査します。
 使用中の義歯の咬合関係がどうであるかを診査することも重要です。不適切な義歯を長期間しようしていると、咬めるところで咬もうとする身体の適応による機能的変化によって、中心咬合位からずれたところに向かって咬みこんでしまう、いわゆる“咬み癖”がみられることがあります。この習慣性偏心咬合は、長い時間をかけて咀嚼筋が覚えたものなので、急には修正できません。習慣性偏心咬合がある場合、治療用義歯を装着して、咬合関係を修正したのち、また新たに義歯を制作していく必要があります。

②:印象採得(型取り)、義歯の形

 様々な診査により、義歯床がどのような形になるべきかをイメージし、床面積を拡げるように、床縁を延ばせる範囲は延長し、必要でない部分はコンパクトに印象していくことが大事です。重度歯周疾患の病歴や、不適合な義歯を長期間使用していたことによる著しい顎堤吸収がみられる難症例の場合も、印象採得を工夫していくことによって対応していきます。

 義歯床の床縁は、正中で切れ込み両側で二つまたは三つの弓状の弯曲をつくっています。これは解剖学的にみると、顎骨に付着する筋肉並びに小帯をさけることによって生じた弯曲です。すなわち、上下顎の骨体には、口腔の壁をつくる表情筋、舌骨筋が付着し、さらに、口唇粘膜、頬粘膜と顎骨の間には結合組織よりできている小帯が緊張し、嚥下運動、咀嚼運動によって移動します。そこで、無歯顎の歯槽部粘膜にのっかる義歯床の床縁は、運動によって移動しない範囲でとめておくのが原則です。

印象採得:歯、顎堤、顔面などの形態を再現するためにその陰型を製作する一連の操作。

Ⅰ)下顎印象
 
ⅰ)下顎頰側部、ⅱ)顎舌骨筋線部、ⅲ)臼後隆起部、ⅳ)後顎舌骨筋線部、ⅴ)舌下腺部、ⅵ)唇側前庭部、ⅶ)前歯部舌側部
における、義歯床縁の機能的な形態の付与。

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ⅰ)下顎頰側部
 顎堤吸収が著しい場合、臼歯部頬側にある頰棚(Buccal shelf)といわれる部位で、義歯床粘膜面からの咬合圧を一手に引き受けることになります。この棚が印象内に収まるように印象を行います。また頬棚の外側に外斜線という骨の高まりが前後に走っています。臨床的にこの部分の床縁は、この外斜線を越えて1~2mm延長できます。この部分での床縁の延長が不十分だと、義歯頰側における正しい凸型の研磨面形態の付与が困難となり、食べ物が頰側口腔前庭に滞り、さらに義歯床下に入り込んでしまうことになります。

頰棚(buccal shelf):下顎骨大臼歯部の頰側に位置し、外斜線と歯槽斜面とに囲まれた平坦な部位。骨組織は緻密であり、咬合平面に対してほぼ平行の面であるので、垂直的咬合力の方向に直行しており、義歯床負担域として有効な部位である。

外斜線(external oblique ridge):下顎骨筋突起前縁から下方へ走り、臼後三角の頰側を通り、下顎体の臼歯部外面に移行する骨の隆線、内斜線とともに臼歯部義歯床縁の位置を設定する際に解剖学的指標として用いられる。

 下顎頰側小臼歯部の義歯床縁は、筋肉の付着部位よりみると下方へ延ばせるように思いますが、実際には上方へ切れ込みをつくることになります。下顎体の小臼歯部において機能している筋肉(口角下制筋、下唇下制筋)は、下唇を下に引っ張る作用をしていて、また頰筋はこの部に付着しません。一方この部には、齦頰移行部または歯槽粘膜部で1,2条または3条の結合組織の紐である頰小帯が存在します。この小帯は口角部の運動にともない移動するため、印象をとる際、機能印象によって小帯の可動範囲を明らかにし、義歯床縁はこの可動範囲をさけるよう、上方へ切れ込む形につくっていきます。

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顎堤吸収が著しい場合、頰小帯による上方への切れ込みの程度が小さくなることが多いです。

下顎頰側大臼歯部の床縁は頰側に比較的大きくのばせます。頰壁の下後部を構成する筋肉は頰筋のみで、この筋肉の起始は幅広く、このうち下顎の頰筋起始部は下顎枝前方あたりから第二大臼歯あたりまでです。そこから前外方に向かって頰筋の走行があります。

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 つまり頰筋の走行は前後方向であり(咀嚼筋の大部分の筋束が上下方向に配列しているのに対し、頰筋は前後方向である)、義歯の床縁は、頰筋付着部に沿って外方へ凸型の弯曲を画き、とくに頰筋の付着がない第一大臼歯あたりでは最も外方へ延ばせます。義歯床が頰筋の筋上にのびることもありますが、嚥下運動によって上下する顎舌骨筋と異なり、頰筋は開閉運動でもあまり影響を受けないため、床縁は頰筋上を頰側にある程度のばすことができます。

ⅱ)顎舌骨筋線部

顎舌骨筋線部の義歯床縁が顎舌骨筋線より短いと、辺縁が顎堤に食い込んで痛みの原因となります。痛みがあるからといって、床縁を削って短くするとその部分がまた食い込み、痛みがとれない義歯になってしまいます。この作業の繰り返しの結果、義歯は小さく短くなり、維持安定が悪くなります。このため、顎舌骨筋線を2~6mm(あくまでも目安)越えるように辺縁形成を行います。顎舌骨筋線上の義歯床内面はリリーフを与えることで、疼痛は解消されます。また、この舌側床縁の十分な延長は、義歯舌側研磨面の良好な形態付与に関係してきます。

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 顎舌骨筋はおもに嚥下時に緊張する筋であり、最大収縮時にもなお筋線維が下前方を向いているため、床縁を筋付着部の顎舌骨筋線よりも下方に延長できます。しかし、顎舌骨筋の嚥下時の緊張が強い場合や、顎堤吸収が著しく顎堤の内側縁が顎舌骨筋線とほとんど一致する場合、義歯床は下方へ延ばしにくくなります。また、延長しすぎると、舌根部の不快感が生じるので、この部分の義歯床縁は、短くならず延ばしすぎず必要最小限の程好い延長が大事です。

ⅲ)臼後隆起部(レトロモラーパッド)

臼後隆起部は形と位置が比較的安定しており、無歯顎になってもあまり吸収せず、下顎義歯床後縁の設定ならびに仮想咬合平面の後方基準として利用されるため、印象には必ず含む必要があります。この隆起より後方が下顎枝の内斜線で、側頭筋の起始となるため、この隆起部までを義歯床の後端とします。臨床的に臼後隆起の半分以上は義歯床で覆った方がよく、義歯床後縁をこの弾性に富む腺組織上に乗せることで辺縁封鎖を与えることができます。

 このように、臼後隆起部の一部を義歯床で覆いますが、この隆起の頬側(下顎義歯床の頬側遠心端)付近で、咀嚼時に痛みを訴えることがあります。下顎枝外面に広がる咬筋の前縁は、下顎枝前縁をこえて前方に広がり、最後臼歯部と向かい合っている頰筋の後下方部を覆っています。咀嚼時に咬筋が収縮して緊張すると、筋肉のふくらみが頰筋を圧迫し下顎義歯床遠心端を圧迫するので、床が外方へ出すぎると、義歯の変位を起こしたり痛みが生じたりします。以上のことから、この部分では義歯床の床縁は小さくする必要があります。

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レトロモラーパッド:下顎最後方大臼歯のすぐ後方に位置する臼後三角上で、顎堤遠心端に相当する位置に存在する、粘液腺(臼後腺)を含んだ軟組織からなる洋ナシ状の隆起。無歯顎になっても形態的変化が少ないため、下顎義歯床後縁の設定ならびに仮想咬合平面の後方基準として利用される。

ⅳ)後顎舌骨筋線部

 印象採得時、顎舌骨筋線の後方の位置を明らかに印記することは困難です。それは、下顎骨と舌骨大角の間に緊張する顎舌骨筋はたるんでおり、顎舌骨筋の付着部付近は下顎体内面に接するような状態であり、その上印象採得のため開口すると、下顎底は舌骨の高さにくるため、よけいにたるんで印記できません。そして、嚥下運動をしたとき、収縮し挙上します。

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 顎舌骨筋の後方のくぼみは後顎舌骨筋窩とよばれ、骨や筋がないため床縁をのばすことができます。しかし、のばしすぎると、不快感が強くなり、義歯はかたつき床縁が粘膜にぶつかり潰瘍をつくってしまうことになります。
 機能印象時は、舌を前方に出して、この部分の床縁が長くなりすぎないよう注意しなければいけません。

ⅴ)舌下腺部

 下顎舌側小臼歯部では、床縁をあまり下方へのばせません。下顎骨舌側において、小臼歯、前歯部では大臼歯部にくらべ、顎舌骨筋線は歯槽提より下方を経過し、前歯部では下顎底に近くなります。このことを考えると、義歯床縁は下方に延ばしうるわけですが、実際はそれほどのばせません。
 その理由は、前歯部、小臼歯部では顎舌骨筋線上に舌下腺が乗っているからです。顎舌骨筋の移動に伴い舌下腺も移動するので、義歯床下縁を舌下腺上縁より下方へのばすことは、義歯の安定上よくないと思われます。
 しかし、この部分の床縁が舌下腺を避けてあまりのばせないとなると、臨床上問題が生じてきます。印象採得時、舌尖を動かして顎舌骨筋上に乗っている舌下腺の挙上を想定した機能印象を行うと、出来上がった義歯では、顎舌骨筋が機能していないときは、この部分の床縁と口腔底の間に間隙が生じて、辺縁封鎖が損なわれ、吸着の弱い義歯になってしまいます。

 舌下腺は軟らかい弾性のある組織なので、ある程度は圧迫することができます。印象採得の時は、舌尖をわずかに動かすくらいで、舌下腺の盛り上がりを想定しすぎない、やや圧迫する床縁をイメージして治療を進めていきます。
 舌の過大な運動により、床縁が短くなるのもよくないですし、過度な筋形成により舌下腺を圧迫しすぎても義歯の安定が悪くなるので、丸みのある辺縁で程よく圧迫するようにつくっていきます。

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ⅵ)唇側前庭部

 下唇を構成する筋肉であるオトガイ筋は、走行が垂直方向で付着部が口腔前庭より高い位置にあるため、辺縁形成時に、収縮時を意識して引っ張りすぎると浅くなってしまうので、義歯辺縁は短くなってしまいます。口唇をリラックスさせ、下唇をわずかに引っ張る程度の機能印象をすることが大事です。

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 また、この部分の正中には下唇小帯がありますが、顎堤吸収が著しい場合、小帯は不明瞭になることが多いです。

ⅶ)前歯部舌側部

 この部分は、舌小帯とオトガイ舌筋によって影響を受けます。オトガイ舌筋の起始部であるオトガイ棘は、歯槽骨の吸収が進んでも吸収されずに残るので、顎堤吸収が著しい場合、顎堤よりも突出することになります。

 このオトガイ棘を避けて義歯の辺縁を形成すると、辺縁封鎖が損なわれます。すなわち、この部分の辺縁は、舌小帯は避けて、オトガイ棘は覆うような形を形成していきます。

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